起業ノートのススメ💡【起業を現実化する】第9話 ~人生の棚卸し 18歳~30歳 ~

20代の自分は自身過剰で、オレがオレがの自己中心的な今とは真逆の性格

第1話 はこちらからご覧頂けます。
第1話 僕が起業ノートを薦める訳

工業高校卒業後、大学には進学せず、就職の道を選ぶ。

特にやりたい仕事があった訳ではないので、会社選びの基準は「知っている会社」「営業以外」であればどこでもよかった。

候補会社→北海道ガス、コマツ、YKK,日立

工業高校の就職先としては技術職が大多数だったにも関わらず、日立は新規飛び込み営業とかではなく、ルート営業だから、良いんじゃないか?との先生の軽いアドバイスに、営業職だけは避けたかったが、

ルート営業?よくわかんないけど、聞いたことある会社名だし、まぁ~いっか!と、なんとなく「日立」を選ぶ。

1998年4月 北海道日立に入社。(超就職氷河期)

仕事:入社後一年間は業務部で社会人の「いろは」を学び、2年目以降は初めて立ち上がる新部署「工事課」に配属され、ルート営業ではなく、現場管理の仕事に就く。

この現場管理の仕事を通して、多いときで30人以上の職人を束ねるなど、統括力、判断力、決断力などのノウハウを現場実践から学び、現在のイベント企画運営の仕事に大いに役立っています。

音楽:19歳の時から年に一回ペースで毎回100人くらい集まる音楽イベント「GOEN」を過去8回、自主開催し、イベント統括やバンドリーダーなどからリーダーシップ力を身に着ける。

スポーツ:モテたい!を理由に丘サーファーとなる(笑)、彼女がほしい!という不本意な動機でよさこいに3年参加(笑)

習い事:新たな楽器に挑戦したいと思い、26歳の時に津軽三味線のお稽古に通う。

性格:20代の頃、自分は仕事が出来ると思い込み自信過剰で、自分の意見が絶対だと言わんばかりに、人の意見に耳を傾けず、猪突猛進していた。

行動力だけが強みで、人への感謝の気持ちも薄く、オレがオレがの自己中心的な考えで、上から目線!おだてられるとすぐ調子にのり、そして、すぐ人のせいにするような、嫌なヤツでした。

メンタル:22歳の時、現場職から営業職に配属されたことによる環境の変化、音楽イベント企画運営で自分のキャパ越え、失恋など、一度に多くの出来事が重なってしまい、うつ病を発症。

半年後に回復し、再び生かされた命を世のため、人のために役立てたいと、心境に少しずつ変化が現れる。

18歳~30歳までのキーワードは

よさこい、音楽イベント主催、三味線、現場統括、バンドリーダー、自己中心的、感謝が薄い、自身過剰、うつ

自分が本当にやりたいこと!
うつ病になる前の段階で予防し、精神疾患を患ってしまう人を少しでも減少できるような
サポート機関を創ること。そして、持っている才能・能力を輝かせる舞台を創ること。

小学、高校にうつを経験し、社会人になってから3度目のうつ病を発症し、本気で死んでしまいたいと考えたほど、出口の見えないトンネルの中で、もがき苦しんだ経験があります。

その後、会社の後輩が3人、会社の理解を全く得られない状況で、うつ病を理由に退職し、そして妹が重度のうつになり、一年がかりで必死に引っ張り上げた経験から、うつで苦しむ人を本気で助けたいと思い始める。

診療内科へ通い、良く分からない抗うつ剤を処方され、薬漬けになってしまうほど、大量の薬を毎日服薬するような、薬に頼った治療にとても疑問を感じる。

この件に関しては、いろいろと思うところがあるので、別の機会に想いを書き記そうと思います。

最後まで読んで頂き、

いつもありがとうございます。

~次週につづく~(第10話 自分の人生の棚卸し(30歳~現在に至るまで))

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